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左へ曲がる


三つ目の交差点を相棒と左へ進んだ。異様な緊張感で、胃から内容物が込み上げてくる。動けば動く程息が詰まって、もう窒息しそうだ。

苦しいっ……

そう思った時、目前が揺らいだ。私の意識はそこでふっと切れてしまった。

「後は、ワタシが始末してやるよ」




気が付くと、私は玄関先で倒れていた。極度の緊張状態にあったせいで脳が強制シャットダウンしたのかもしれない。放心していると、昨日のことが急に思い出される。あれは気のせいだったのだろうか。ふと手を見ると、赤黒い液体がこべり付たエンゲージリングが嵌められていた。


気味が悪くなり、私はすぐさま手を洗って指輪を外そうとするが、指に食い込んだそれは全く外れる素振りを見せない。


嘘だろ。まさか……仕事をやり損ねたのか。


握力も気力も底を着いた私がテレビをつけると、朝のニュースが映し出される。どうやら昨夜のことの様だ。被害者は死亡したらしい。犯人はいまだ逃走中とのこと。いつもなら受け流すところだが、被害者の名前を見て目を疑った。




それは、学生時代に付き合っていた女性だったのだ。


こんなことになるなんて。

なんてこった……。

「嘘つき」

もう付き合っていないものの、彼女が死んだことは大きな不安を残した。

「やめてって言ったのに」


……何をしても涙を流しながら笑顔で「大好きだよ」と言ってくれた彼女。それがまた可愛くて、じっくり手を掛けた。一つ間違えれば崩れ落ちてしまう様な繊細さ、緻密さ、儚さがたまらなく好きだった。真っ白なキャンバスに広がっていく赤や青は私を興奮させ、そして満たした。最初にして最高の作品。しかし、今の私にとって、彼女は鬼だった。そんなあの子は、幸か不幸か口なしの仏様へと成り果てたのだ。きっと、これから他人が全てを丸裸にして泥を塗ってしまうのだろう。折角彼女は口外しなかったのに、手に掛けていたことがばれてしまったら、どんな厄介ごとに巻き込まれるかわからない。少なくとも、残った仕事が出来なくなってしまうのは避けたいものだ。

「許さない」



そうだ、一切合切を犯人様の手柄にしてしまえば、私はお咎め無しだ。彼女の死は非常に残念ではあるが、過去を消すことが出来ると思えば結果オーライだった。


また、やり直せば良い。

黄色いテープを通る時に警察官に会釈をして、異様な雰囲気の中、いつもの路地を進んだ。働き過ぎているせいか、肩がずぅんと重たく感じる。朝の空を見上げると、ふと言葉が零れる。


「そうか、誕生日に……気の毒だな」


私の目はすっかり笑っていた。

「貴方達も道連れよ」

エンド4:うつろい




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