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右へ曲がる


三つ目の交差点を相棒と右に進んだ。無我夢中で自転車を漕ぐ。すると、予想外なことが起きているにも関わらず、何故か不思議なくらいの冷静さが頭を支配していた。

ひょっとしたら、また勘違いなのではないか。路地で必死に自転車をガチャガチャいわせていたなんて、どんなに滑稽な絵面だっただろうか。誰もいない筈の路地裏で少し恥ずかしくなった俺は、頼むから何も居ないでくれと心底思いながら、後ろを確認した。


すると、黒い人影がすぐ後ろにぬうっと立っていた。



きゅっと心臓が縮む。



誰だ……?



空白の時間が永遠に感じた。すると、その人影はこちらへとずんずん近付き、


「お前、タカシか?久しぶり!」


と言ったのだ。その声を聴いた途端、俺はそれが疎遠になっていた幼馴染であると理解した。


ああ、良かった。向こうから話しかけてくれるなんて。


すっと体の力が抜け、涙を堪える。

その後は、自転車を押して、喋りながら帰った。どうやら、幼馴染は同じ路地に住んでいる両親の具合を見る為に、近所に住んでいるらしい。俺達はそれぞれ、学校の話、就職の話、友達の状況等々をひとしきり話した。近くに住んでいるとはいえ、こんな風に話すのは十数年ぶりだった。

夕日の中、喋りながら家へ帰ったことをふと思い出し、あの時のヒグラシの鳴き声が蘇る。そうこうしていると、家への最後の曲がり角に着いてしまった。


立ち止まり、しばしの沈黙。降り出した雨だけが隙間を埋める。


すると、幼馴染は急にこう言い出した。

「なあ、サユリのことなんだけど……」






サユリは俺がずっと追いかけていた女性だ。奴はサユリと交際していた。そんな奴が、急に彼女の今の居場所やら電話番号やらを脅迫じみた声色で根掘り葉掘り聞いてきた。金銭まで引き合いに出して聞き出す始末だ。その質問全てに対して俺は閉口した。終いに、奴は言った。


「また会いたかっただけだったんだ。本当にすまなかった」


そして、俺の堪忍袋の緒がぷつりと切れた。


最愛の人を……許すわけないだろ。


カバンの中に入れた手にグッと力が込められる。


「あの子がどれだけ苦しい思いをしたか、お前にはわからないみたいだな。こうなったら、俺が、俺が……同じ目に逢わせてやる……!」


赤黒い包丁を取り出した、次の瞬間。ぐちゃりという音が雨音に溶けた。


「うぐっ……」


恐怖で大声が出ない代わりに、物理的な衝撃による醜い音声が漏れ出ている。腹を抱えて逃げようとする奴を幾度となく痛めつける。ぐちゅっ、ぶちっという音や、刃物が空を切る音が宙に響く。


とにかく、こいつを痛めつけて、ぐちゃぐちゃにしてやりたい。

俺は刃物を手放すと、奴の首を鷲掴みにして、今迄の恨みと羨望を手に込めた。




一瞬の出来事だった。気が付くと、奴は黒光りする塊と化していた。

総仕上げに、写真をパシャリと撮る。

「ははっ……。あはははははっ……。やった、やったよサユリちゃん。仇は、取ったからね。」

「やっと、願いが叶ったわ」 余りにも呆気ない。こんなことなら、ずっと昔にやっておけば良かった。

先程まで堪えていた涙が止めどなく溢れ、雨と混ざって落ちてゆく。


もう、全て終わりだ。どうにでもなれ。


俺は膝から崩れ落ちた。今迄の人生が思い出され、自分の惨めさが身に沁み渡る。


どうせ、俺達抜きの世界は、明日も不気味な程上手くまわっているんだろうな……。ははは、何て無意味なこと考えてるんだ、俺は。ははっ、はははっ……。


俺は涙を拭って、黒い刃物を手に取る。

「次は、あなたの側で笑い合えるといいな」「大好きだよ。可愛い私の−」

なんて格好つけたことを呟いた。さあ、最期の仕事だ。



「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」




俺は全ての力を振り絞って、己の腹を切り裂いた。

エンド5:仇討ち





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