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左へ曲がる

更新日:2021年9月23日


三つ目の交差点を、左へと歩いた。早く帰りたいという思いが募る。

気が付くと、私は駆け出していた。

陸上選手並みの体感速度。

もう家が目と鼻の先だと思ったその時、曲がり角で私は何かにつまずいてしまった。


くそっ、何だ、どうして……!


すると、潤んでぼやけた視界の端に、差し伸べられた手が映る。細い、女の指だ。


絶望の中で差し伸べられた手。

信じる前に私は本能的にその手を掴んでいた。手は骨を砕かんばかりに強く私の手を握り、胴体に長い管が巻き付いていく。「捕まえた」

強烈な臭いで空っぽな頭の中、視線を上へ向けると、長細い体に人間の手の様なものが生えた化け物が、カーブミラーからゆらゆらと顔を出している。胴体は異様に長く、街灯の下で鮮やかな赤に輝いていた。鬼の形相で体を締め上げる。

「ねぇ、苦しい?」

うぐっ……。

「ふふっ、そうこなくっちゃ」 

自分の意思では出ないような音声が漏れ出る。その頭上では徐々にカーブミラーが近付き、身体はその中へとゆっくり入っていった。最期のあがきで足をじたばたと動かしたのも虚しく、靴だけを道路に残して私は完全にカーブミラーの中へと吸い込まれてしまった。





ピピピピピピピピピピ


アラームの音で、私は目覚めた。

「ふうっ……」

溜め息が漏れる。凄い汗だ。そういえば、帰宅した後、疲れて眠ってしまったのだ。こんな不吉な夢を見るなんて、少し休暇を貰った方が良さそうだな。そう思いながら時計を確認すると、丁度日付を跨いだところだった。

今日は彼女の誕生日だ。最高のプレゼントを用意すべく、急いで部屋中を片付ける。仕上げに、キッチンに一本だけ残しておいた万能包丁を確認し、浴槽を液体で満たした。ソファに座り、手順を何度も何度も脳内で繰り返す。

もう、時間だ。

景気付けにペアリングを左手の薬指に嵌め、手袋とレインコートを身に着けた。

さあ、出発だ。


暫く路地を歩く。角を曲がった、その時。


ターゲットを見つけた。


レインコートを纏っているが、間違いない。衣摺れの音をなるべく立てない様に、そっと近付く。そして、私は、刃を奴めがけて突き刺した。

うぐっ……何でっ、タケシ君……

……やった。これで邪魔者は消えたんだ。

助けて、私、死んじゃ……う……

うずくまる奴の横で、刃に映った私は恍惚の表情を浮かべていた。

エンド3:覚めない夢





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