左へ曲がる
- moss55kct
- 2021年9月8日
- 読了時間: 2分
更新日:2021年9月23日
三つ目の交差点を、左へと歩いた。早く帰りたいという思いが募る。
気が付くと、私は駆け出していた。
陸上選手並みの体感速度。
もう家が目と鼻の先だと思ったその時、曲がり角で私は何かにつまずいてしまった。
くそっ、何だ、どうして……!
すると、潤んでぼやけた視界の端に、差し伸べられた手が映る。細い、女の指だ。
絶望の中で差し伸べられた手。
信じる前に私は本能的にその手を掴んでいた。手は骨を砕かんばかりに強く私の手を握り、胴体に長い管が巻き付いていく。「捕まえた」
強烈な臭いで空っぽな頭の中、視線を上へ向けると、長細い体に人間の手の様なものが生えた化け物が、カーブミラーからゆらゆらと顔を出している。胴体は異様に長く、街灯の下で鮮やかな赤に輝いていた。鬼の形相で体を締め上げる。
「ねぇ、苦しい?」
うぐっ……。
「ふふっ、そうこなくっちゃ」
自分の意思では出ないような音声が漏れ出る。その頭上では徐々にカーブミラーが近付き、身体はその中へとゆっくり入っていった。最期のあがきで足をじたばたと動かしたのも虚しく、靴だけを道路に残して私は完全にカーブミラーの中へと吸い込まれてしまった。

ピピピピピピピピピピ
アラームの音で、私は目覚めた。
「ふうっ……」
溜め息が漏れる。凄い汗だ。そういえば、帰宅した後、疲れて眠ってしまったのだ。こんな不吉な夢を見るなんて、少し休暇を貰った方が良さそうだな。そう思いながら時計を確認すると、丁度日付を跨いだところだった。
今日は彼女の誕生日だ。最高のプレゼントを用意すべく、急いで部屋中を片付ける。仕上げに、キッチンに一本だけ残しておいた万能包丁を確認し、浴槽を液体で満たした。ソファに座り、手順を何度も何度も脳内で繰り返す。
もう、時間だ。
景気付けにペアリングを左手の薬指に嵌め、手袋とレインコートを身に着けた。
さあ、出発だ。
暫く路地を歩く。角を曲がった、その時。
ターゲットを見つけた。
レインコートを纏っているが、間違いない。衣摺れの音をなるべく立てない様に、そっと近付く。そして、私は、刃を奴めがけて突き刺した。
うぐっ……何でっ、タケシ君……
……やった。これで邪魔者は消えたんだ。
助けて、私、死んじゃ……う……
うずくまる奴の横で、刃に映った私は恍惚の表情を浮かべていた。
エンド3:覚めない夢
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