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暗闇の中で


カーブミラーへと吸い込まれて、どれ位時間が経っただろうか。もう、目を開けているのか閉じているのかもわからない。中から出ようともがいたが、不気味なノイズ音が跳ね返ってくるだけで、いつの間にか抵抗することも諦めてしまった。ふわふわとした気分の中を漂う。

すると、急に真っ暗闇に柔らかい光が差し込んだ。私は一体どうなってしまうのだろうか。


うぐっ、息がっ、苦しい……。





「おぎゃー、おぎゃー」

「元気な男の子ですねー。おめでとうございます」


「こんにちは。可愛い私のー」


私の記憶はここでプツリと消えてしまった。




暫くして、僕は入り組んだ路地に住むことになった。小学生時代の、ある夏休みの日、ヒグラシの合唱が包む帰り道の交差点で、僕は靴が落ちていることに気が付いた。

きっと誰かが落としたんだ。交番に届けたら、母さん褒めてくれるかな。

そう思って靴を拾おうとした時、カーブミラーから赤い手が出てきて僕を掴もうとしたのだ。途端に恐怖が頭を支配した僕は、靴を拾うこと無く家に帰ってしまった。


帰って早々、一生懸命母さんにそのことを話したが、取り合ってはくれなかった。

「小さい頃にはね、よくお化けが見えたりするものなのよ」

なんて言われてしまう始末だった。


その夜、トイレに行こうと布団を出た時のこと。ふと、母さんが電話で話している声が聞こえた。

「私もう耐えられないわ。あの子、今日も変なこと言ってたのよ。ああ、気持ち悪い。それに、あなたともっと居たいし。そうだ。明日、プレゼント楽しみにしてるから。じゃあね」 


母が居なくなってしまう……?

その会話を聞いた時、僕は人生で一番の恐怖を覚えた。今日の出来事を全て無くしてしまいたい。そんな一心で、その日の日記を破って捨ててしまった。


長い年月が経ち、僕は社会人になった。母はもう居ない。……正確には、僕が母の元を離れたと言った方が良いのかもしれない。今は中学校で出会った女性と一緒にいるので、幸せだ。長い年月を過ごす内に、怪奇現象はよくある子供の空想の一部だったのかもしれないとも思い始めていた。もう、そんなことはどうでも良い。さあ、今日も彼女の為に仕事へ行こう。


「行ってきます」

「ううぅ……ここはどこだ……出してくれぇ……」

エンド1:廻り廻って




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