top of page

左へ曲がる


二つ目の交差点を相棒と左へ進んだ。今日もハードな一日だった。

疲れた……。

その言葉は発されること無く、頭の中へすっと消えていった。惰性で自転車に乗ると、もわっとした風と共に、雨が肌を撫でた。あとは足が自転車を漕いで、家へと連れて行ってくれるだろう。通り過ぎる辺りの景色は、シャッターを開けたままのカメラの様に連なって見えた。この、建物までも身を寄せ合っているような、小ぢんまりした姿がたまらなく心地良い。

そういえば、仕事をするようになってから近所の人ともまともに話をしていないな。子供の頃に自分のことを可愛がってくれた近所のおばちゃんはどうしているのだろうか。



そんなことをグルグルと考えていると、何かが後ろをすっと通り抜けた様な気がした。


何だ……?





青天の霹靂。

頭が一気に覚醒する。


今日に限って、見逃してしまいそうな小さな影が気になる。残った仕事で気が立っているからだろうか。妙な違和感が気になって、恐る恐る振り返るが、先の見えない闇が広がるだけだ。ふと上を見上げると、カーブミラーには死んだ目をした自分自身が映っている。拭えない違和感を覚えつつも、気のせいだろうと言い聞かせて、再び地面を蹴った。

その時、視界の端で再び何かが蠢いた。グリップを強く握り締め、小雨の中、何かの気配を注意深く感じ取る。

見間違いでは無いのか?

嫌でもさっきの違和感を結びつけてしまう。同時に、焦燥感が脳を支配する。


早く、早くしなければ。

「もう、逃がさない」

震える手を何とか制御して、ハンドルを握りしめ、必死で自転車を漕ぐ。あっという間に垣根が行く手を阻み、感覚に任せてなんとか交差点を曲がった。






bottom of page